オリンピックへ向けて東京五輪音頭始動

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東京五輪音頭解禁!

3年後の東京オリンピックに向けて色々な企画が動き出していますね。

色んな記念品なども既に準備されているようですが、新しく「東京五輪音頭」なるものがメディアで発表されました。

そしてメディアで発表されるやいなや、あっというまに物議をかもすまで色々な意見が飛び出している東京五輪音頭。

今回はその東京五輪音頭についてご紹介していきましょう。

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東京五輪音頭ってそもそも何?

「東京五輪音頭って何、今回の2020年の東京オリンピックのためにそういうのがつくられたの?」と思われる方も多いでしょう。

しかし報道をよく見てみるとそうじゃないんですね。

東京五輪音頭のルーツは、もともと1964年、前回の東京オリンピックの際につくられ広く日本中で普及していたのが元祖。

ちなみに最近だと2015年の紅白歌合戦の時に、伍代夏子さんが歌っていたのでもしかしたらご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

昭和の東京五輪音頭の歌詞はこちら

ここで前回の東京五輪音頭の歌詞を見てましょう。

歌詞はこのようになっています。

東京五輪音頭の歌詞

ハア~ (ソレ)
あの日ローマで ながめた月が
(ソレ トトントネ)
きょうは 都(みやこ)の 空照らす
(ア チョイトネ)
四年たったら また会いましょと
かたい約束 夢じゃない
ヨイショ コリャ 夢じゃない
オリンピックの 顔と顔
ソレトトント トトント 顔と顔

ハア~ (ソレ)
待ちに待ってた 世界の祭り
(ソレ トトントネ)
西の国から 東から
(ア チョイトネ)
北の空から 南の海も
越えて日本へ どんときた
ヨイショ コリャ どんときた
オリンピックの 晴れ姿
ソレトトント トトント 晴れ姿

ハア~ (ソレ)
色もうれしや 数えりゃ五つ
(ソレ トトントネ)
仰ぐ旗みりゃ はずむ胸
(ア チョイトネ)
すがた形は 違っていても
いずれおとらぬ 若い花
ヨイショ コリャ 若い花
オリンピックの 庭に咲く
ソレトトント トトント 庭に咲く

ハア~(ソレ)
きみがはやせば 私はおどる
(ソレ トトントネ)
菊の香りの 秋の空
(ア チョイトネ)
羽をそろえて 拍手の音に
とんでくるくる 赤とんぼ
ヨイショ コリャ 赤とんぼ
オリンピックの 今日の歌
ソレトトント トトント 今日の歌

大御所歌手起用と歌詞のアレンジ

さて、そんな前東京オリンピックの象徴の一つとも言える東京五輪音頭が平成の東京オリンピックに向けてリニューアルされました。

歌詞の一部、例えば「ローマ」の部分が「リオデジャネイロ」に変わっていたりします。

昭和東京オリンピックの時は、東京の前の開催都市がローマだったわけで、今回平成の場合はリオデジャネイロが前回開催都市だから、という事ですね。

また、東京五輪音頭をメインで歌うのは加山雄三さんと石川さゆりさんという事で、大御所の登用にも注目が集まっています。

気になる東京五輪音頭の動画・振付は?

そんな東京五輪音頭、いったいどんな仕上がりなのかが気になるところ。

先行発表された内容はこちらです。

こちらは振付けについて説明されている動画です、加山雄三さん・石川さゆりさんバージョンの発表が待ち遠しいですね。

現代に東京五輪音頭は通用するのか?

そんな中、東京五輪音頭についての反応はどうなのか?

東京五輪音頭の先行発表後、Twitterやネットの反応を見ても「これはいい!」といった賞賛の声はあまり見受けられない状態。

「なんなんだコレは、、、」というような意見が多数を示していました、なかには「東京の人はコレ、嬉しいの?」といった声も。

よく言えば昭和のテイストを壊さずにそのまま今回に繋げています。ただ、逆に現代にあわせてなんのアレンジもしていない、というのも事実。

考えて見れば1964年という事は、当時20歳の方が現在73才。確かにそれくらいの年代の方以上の人じゃないと、懐かしみは生じないですね。

そんな中、敢えて昔の良さを強調するべく、アレンジを抑えたのか、考え無しに現代に合わせる事なく発表となったのかは気になるところ。

知っておきたい、昭和東京五輪音頭に込められた想い

今回の発表ではやや世間の冷ややかな反応にさらされている感もする東京五輪音頭。

しかしここで東京五輪音頭について知っておきたい事もあります。

というのは昭和東京五輪音頭を先導きって歌っていた「三波春夫さん」の想いについて。

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昭和の東京五輪音頭についてですが、三波春夫さんをはじめ、色んな方が歌っていたとの事。

ただ、そんな中、「東京五輪音頭と言えば三波春夫だ」と、歌い手の第一人者として三波春夫さんが当時の方々の印象に残っているんだそう。

みんながそう思うようになった背景には理由があります。その理由自体は非常にシンプルで、ただ単純に三波春夫さんがどんな時でも、自分の曲を差し置いてでも東京五輪音頭を歌っていたという事。

注目したいのは、三波春夫さんがそこまでして東京五輪音頭を歌っていた理由。

『日本は、日本人は、頑張って、こんなに戦後復興を遂げたんですよ、ということを、戦後初めて世界に示すイベントである東京五輪はなんとしても成功してもらいたいと思った』

(引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/東京五輪音頭)

確かに当時は戦後復興のため日本が一丸となり頑張っていた時代、そして迎えた昭和の東京オリンピック。三波春夫さんの想いはきっと聞いてくれている国民の耳と心に響いたのでしょう。

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平成の東京五輪音頭は何を伝えるのか

そう考えると、昭和の東京五輪音頭というものには当時の色んな想いが込められているのでしょう。

さて今回、平成の東京五輪音頭では何を伝えようとしているのか。それは国民と世界に受け入れられるのか。

今後の成り行きに注目が集まると思っているのは私だけではないんじゃないかなぁ、なんて思っています。

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