親は食育受けて育った?みんなの意見まとめ!どんな食事に関する教育をうけていたのか!

みんなは食育を受けてきたのかどうか

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最近よく使われるようになった、「食育」という言葉。

食事に関して子供に接する時によく使われていますね。

しかしそもそも親の世代は「食育」というものを受けてきたのでしょうか?

食育という言葉はなかったものの、食に関するどういう教育を受けてきたか、みんなの意見をきいてみました。

是非ご参考ください。


食育を受けて育った

食育を受けて育った、という方の意見がこちら。

・学校の授業で農家や酪農家を見学する機会があったし、授業の一環として学校の外に借りた田畑で野菜を育てて、調理実習で自分たちで調理して食べるなど、今思えば食育だったのだなと思えます。また、家庭科の授業で栄養学について学んだのも食育だったと思います。

・小学校の給食で、自分が住んでいる町の郷土料理を食べる機会があったからです。そのほかでも、授業で郷土料理のことを調べたりすることもありました。郷土料理のことを知っていると愛着がわき、自分で作ってみたりするようになります。

・家庭内の食事で嫌いなものを食べないでいると、一口は食べなさいという言われていました。そしてその上でこの野菜は誰々が作ってくれたんだよ、や、誰々が持ってきてくれたものだよなど教えてもらい、食物を作っている人がいることなどを教えてもらったことで食べ物を大切にする感覚が身についたと思うので、食育を受けて育ったと思います。

・食のありがたみを散々言われてきました。私は食べ物を残す事が多くありましたが、よくこのブロッコリーは可哀想だ。この牛は可哀想だ。と言われてきました。ブロッコリーだって農家の方が一生懸命に作ってくださったのに、牛ももっと生きたかったのにそれを頂いている気持ちを忘れないようにと昔から教えられてきました。


・祖母が出したものを全部食べないと二階(テレビのある部屋)にのぼらせてくれなかった。こっそり逃げ出してもお皿をもってのぼってくる。自分は該当しないものの学校の給食も牛乳がどうしても飲めず残らされている人がいる隣で軽い早飲み大会をやるためこっそりその子からもらっていた。

・小さい頃から庭で小さな菜園を作っていました。嫌いなもの、好きなもの、食べるものもあれば食べないものもありましたが、いつ頃出来る野菜かなど自然と覚えました。そして、おやつにケーキなど一緒に作りました。作る大変さを何となく知っていることで、外で出されたものは好き嫌い言わずに食べられるだけ食べようと自然に思えるようになりました。特に親が食育をしようとは思っていなかったと思います。ただ好奇心が旺盛な小さい時期に情報を惜しまずくれたことは結果的に食育とはになったのだとかんじます。

・小さい頃より母子家庭だったため自分で料理することを求められる家庭環境でした。そのため母親が私の健康を気遣い、私自身の料理をどんな食材をどのように食べると健康につながるかを教えてもらい自分自身で考え料理するようになりました。

・小学校の割と早い段階で、学ぶ機会が多くありました。給食中に栄養士さんのおはなしが聞けたりして、しっかりと学ぶ環境があったと思います。そのおかげか、今では健康に気を使い、野菜を多く摂るように心がけています。

・親が飲食店を経営していたので小さい頃から好き嫌いはなく育てられましたし、いろんな食べものや食べ方を教えてもらいました。必要な栄養素も取るようにバランスが良かったなと大人になってからは親に感謝しています。

・学校の授業で様々な国の食事などを取り扱い、年に何度か指導を受けた記憶があります。文化理解や様々な種類を否定する事なく寛容になりました。また家庭も農家だったため、生産の様子がよく見れて食材を大事にするようになりました。

・食事の前後には「いただきます」「ごちそうさまでした。」をきちんと言うようにくどいくらい言われてきたので、一人で家でカップ麺を食べるときなどでもそれを意識するし、だれかと食事をしたときに相手がその辺をおざなりにしていると違和感を覚えるため


・保育士だったということもあり、食育は身近にあったように思います。子どもの頃もそうですが、大人になり、社会に出て、子どもたちとともに食育をうけ、改めて食育の大切さを感じることができました。機会を設けてもらう食育もありますが、祖父母と同居だったので、書父母と関わることでも食育につながることがあるように思います。

・戦前生まれで、貧しい時代を経験していることもあり、父はとても食べ物を大切にし、好き嫌いなく何でも美味しくいただく人でしたので、それを見ていた私達子供も自然と何でも美味しくいただく習慣がつきました。好き嫌いなく、ご飯を残さずきちんと食べると、父が「えらいね」と褒めてくれたことも、子供達に食べ物を大切に食べることの喜びを実感させるのにとても影響したと思います。

・私の母親はなるべく添加物は避けるような感じだったと思います。お惣菜も少なかったですし、ドーナツやケーキも手作りしてくれました。結婚して子供ができるまでは添加物は特に気にしていなかったのですが、子供の食事を作るようになってからは気になるようになりました。コーラやカップラーメンを食べさせてくれない母で、なんでなの!と思ったこともありましたが、今ではその気持ちがとても分かります。子供には食べさせませんが、私は時々食べますけど…

・幼少期に野菜が苦手だった私は何度も苦手な野菜を食べるように食事のためにいわれてきました。そのたびに拒否していた私でしたが、いろいろな料理の中に入れられており食べられるように努力していただいていたので食育は受けていたと思う。

・質問2の回答と同じになりますが、いただきます。は命をいただいているということと聞いてから、食事には気を付けるようになりました。また、食事の際のお箸の持ち方、食べるときは騒がしくしないなどのマナーは小さいころより言われて育った記憶があるので、食育を受けたと回答させていただきます。

・私は生まれたばかりの時に普通より小さく生まれていたので小さい頃からバランスのいい食事を食べながら育ちました。今思うと小さい頃から好き嫌いも周りに比べると少ないほうだったなとおもいます。小学校低学年までは身長なども小さかったですが、高学年からはどんどん背も伸びて食事のおかげだと思います。

・母が小さい頃から食事にこだわり3度の食事はもちろんお菓子作り等色々手作りしてくれました。その中でこれを作るにはこんなに手間が掛かっている事や、食事を無駄なくきちんと食べる事は命を懸けて自分たちの為に犠牲になってくれている動物等への感謝になる事。お茶碗にご飯粒を残すと目が潰れるなど迷信めいた事も教わりました。そのことが大人になって自分の体となり健康を維持できている事、自然と食事のマナーを学んでいた事を実感する事が出来た。

・祖父母と同居し、魚料理や和食が多かったのでお箸の使い方や食べ方はその頃から意識していました。出された食事を残してはいけないと親からもよく言われていたので常に完食を心掛けていましたし、野菜もしっかり摂っていましたし。おかずの種類が多い家庭だったので、それも影響しているのかなと思います。

・親からは「いただきます」の前に「天地一切の恵みと作られた人のご苦労に感謝する」事を毎食言われました。また、添加物を嫌う母でしたので即席・ファーストフード類はほぼ口にせずに育ちました。お弁当も冷凍食品はほぼ使わず手作りでしたので大変だったと思います。感謝しています。


・母は必ず手作りのお弁当を作ってくれました。化学調味料などを使わない体に優しいお弁当です。朝早くから起きて、食材の味を生かして工夫してくれました。また幼いころには、おやつもほとんどが手作りでした。クレープやキャラメルも作ってくれました。大人になってから、とても愛情を受けて、体に良いものを食べさせてもらったなと思い、息子にも同じようにしました。

・保育園のころ稲からお米を育てたり、調理実習をしたこと。給食も食育の一部だと今感じています。そう考えると芋ほりとかもそうかなと思います。食事は楽しくすること、日本食が世界と比べてどう違うかも学んだような気がします。

・小学校、中学校の先生や家庭で、食事の大切さを教えてもらったと思います。一日に必要な栄養素が取れないと、やはり、体調を崩すことがあると思います。そうならないように、好き嫌いのない食べ方を教わったと思います。

・好き嫌いをしないように小さい頃は毎日のように言われました。そのおかげで食べられないものはほぼないです。あと、バランスよく食べることは母からはもちろん小学校でも十分すぎるほど言われ続けたので、本当にためになったと思います。

・上記の質問2のとおりです。これも一種の食育だと思います。また母が子供のころ決まったものだけでなくいろいろなものを食べさせてくれたのも食育だと思います。子供だから、といってあえて辛いものを甘くしたりなどせず、とにかく様々なものを食べさせてくれたのが今の好き嫌いのなさにつながっていると思います。

・出された物は残さずに食べる、食べ物で遊ばない、その他のテーブルマナーを小さい頃から親がしっかり教えてくれました。転勤族で様々な土地の食べ物をいろいろと口にする機会が多く、食への興味が湧くきっかけも多々ありました。

・母親が極力好き嫌いの無い子供に育てようと努力してくれました。家族で一緒に食事をしてこの食材を食べるとこんなに体に良いことが有ると教育されました。どうしても食べられない物にはひと手間掛けて知らず知らずのうちに食べることが出来るようになった経験が有る。

・私は体育大学を卒業し、幼稚園の頃から競技をしています。現在も続けており競技歴は24年。トップアスリートと呼ばれる時期も過去にはありました。その頃、必ず取り入れていたことが食事のとりかたです。色々な方に教わり、指導を受け自らの競技生活に生かしていました。

・ありがたいことに苦手な食材はほとんどありません。記憶には残っておりませんが自分の箸の持ち方や食べ方を考えると両親が頑張ってくれたんだなと感じます。自宅で米や野菜も育てていて食材の収穫から関われたことも今の自分を作っているのだと思います。


・食育は家で受けたと思います。私の家では食事を残すことが許されませんでした。朝ごはんを食べなければ学校に行かせてもらえません。夜も何時間かかってでも食べ終えなければなりません。そのときはとても辛かったですが大人になった今、好き嫌いなく食べられることがとても幸せです。社会で食べられなくて残すなどの恥ずかしい思いもしていません。なので親からの食育をしっかりと受けたと思います。

・母は基本的に、加工していない食品を買ってきて家で調理してくれていたことや、箸の持ち方、食べ方、季節の料理など教えてくれたと思います。人よりも良い教育をうけたとは思いませんが、両親なりに頑張ってくれたと思います。

・小さな頃からいろんな食材を食べさせてもらっていたからです。両親だけでなく、祖父からも食事マナーについてしつけを受けてきたので、しっかりと食育を受けて育ってきたと思っています。そのおかげで好き嫌いはないです。

・家庭での食事や給食での食事は即ち食育かと思います。人と食事をするということが食育という事です。人と食事をすると話をしながらということが多いと思いますが、この情報交換が食育になっていると思います。『この魚美味しいね』と言えば『今日お父さんが海で釣ってきたのよ』『なんて魚なの?』『鯵』といったような流れで、人は様々に知り育っていくのではないかと。私はそういった環境があったので食育を受けたと思っています。

・家庭や学校で、食事をする意味や栄養について基本的なことを学んだ。しかし実際には好き嫌いが多く、食育が必ずしも効果を発揮するわけではないと実感している。好きなものであれば、食べる喜びも感じるため、その点では食べることの喜びを感じていることができていると思う。

・清涼飲料水などはあまり自宅にはなく、家での食事は添加物なども少ない食事をとっていたと思います。それもあって私自身が現在添加物などを極力選ばないようになり、食に対しての興味がわくきっかけにもなったと思います。


食育はそこまで受けていない

食育はそこまで受けていない、という方の意見がこちら。

・行事食は人並みにしていて、しつけもある程度してくれた家庭だと思います。(箸もきちんと持てます。)六人家族でわいわいと食べ楽しい食卓です。ただ、魚などもパターンが決まっていましたし、旬の意識はあまりなかった気がします

・食育という言葉自体を知ったのが成人してからの事なので、特別、食育という形では受けていないと思っています。しかし、基本となる部分は子供のころから自然に母から学んでいると思い、全く受けていないとも言えません。

・学校で学んだ記憶がありません。家庭では、残さず食べることや好き嫌いは良くないことを言われましたがどのようにして自分たちの口に入るのかは聞いたことありません。大きくなるにつれ、テレビでドキュメンタリーとか見る機会があってそれで詳しく知りました。

・小学校では献立表に栄養に関する知識などが載っていて、興味深く見てはいましたが、率先した食育と呼ばれるような教育は、学校でも家庭でも受けた実感はありません。自分が、民間資格の薬膳食育師という資格を取って、奥が深いものと感じたので、ちゃんと食育の知識を身に着けたのは大人になって自主的に学んだという感じです。

・今のように食育という言葉はなかったように思います。学校の家庭科の時間に、一日の理想栄養の摂取量、食材の栄養素の分類などを習った記憶はあります。それ以外には特に記憶にないので、そこまで受けてないと思います。


・私の食事のバランス、健康については親が管理してくれたところもあり、どの食品にどのような栄養素があるかは私は知りません。だから、家族でない人と外食に行くときは栄養についてはあまり考えずに注文をすることが多いから。

・最近、マクロビオティックやローフードなど、より身体に良い調理法を知りましたが、学生のころは家庭科でそういうのは習わなかったし、親は一人で何でも作れる人だったのであまり手伝うこともありませんでした。若い頃は、料理番組やオレンジページで見て作っていた程度です。

・昔はコンビニやファストフード店やファミレスもなくてほとんどが手作りの料理でした。親は私の偏食ぶりを改善しようとはしなかったので、その点では食育とはなっていなかったと思います。ただ、食事は家族みんなで食べていました。今みたいに「カロリーが・・・」とか「血糖値が・・・」なんてことは親も知らなかっただろうけど、その光景が食育だったといえばそうだったかもしれません。

・極端な偏食家にならないようには教育されたと思うけれど、自分で作ったり収穫したりといった体験型の食育は受けていない。食育が普段の生活から行われるものであれば、特別な体験をしていないので食育を受けた気になっていないだけかもしれない。

・幼少のころのことを今考えると、よく子供に食べさせていたなというものがあります。高校のころはとてもおなかのすく時期です。当時は夕飯前に菓子パンを2個とか平気で出されましたし、食前にケーキを食べたこともありました。今の私なら子供には食べさせません。しかし、カップ麺やジャンクフードは家になかったのであまり食べずに過ごしました。

・好き嫌いなく基本的に何でも食べ、バランス良い食事で育ったので太ることも痩せることもなく現在まで来ました。ただ今考えると、そのバランスの良い食事というのが親の意識していない食育だったのかなと考えています。

・学校の給食の時間に先生のお話を聞いたり、家庭科の授業などで教えていただくなどの機会がありましたが、家庭では特別な時間などがなかったように思うので、ゼロではないけれどたくさん食育を受ける機会があったとは言えないと思います。

・そこまで本格的には受けていませんが大体は分かります。食育の大事さは朝昼夜の献立にもよると思います。家族の健康を1番に考えなければいけないからです。偏食の人が大変増えている中でお料理を作る人も大変です。

・どちらかというと、「残してはいけない」、「好き嫌いがあってはいけない」という教育方針が親の側にあって、なぜそうなのかの説明はないまま押し付けられていた気がします。そのため、「食育はそこまで受けていない」を選択しました。

・学校で、食物の栄養素や体への働きなどを勉強し、また、食事をバランスよく食べる「三角食べ」や「一汁三菜」などの言葉を聞いて育ってきたので、食育を受けたと思っていましたが「食育とは」と聞かれ、具体的に何を意味するのか、はっきりわからなかったので「受けていない」か「そこまで受けていない」のだと思いました。

・私の家は、親がいつも家にいない、寂しい家庭でした。そのため、食育と言うものは受けていません。食育と言う言葉自体、つい最近よく聞くようになったものだと思います。家にあるものを適当に食べてればいいんだよとずっと言われて育ちました。

・「いただきます」「ごちそうさま」やお箸の持ち方や肘をついて食べないなどはきちんと教育を受けて育ったと思っています。しかし、家族全員で必ず食べていたかというとそこまで記憶にないので、そこはあまり厳しくなかったと思います。

・自分の親はそこまで食にうるさくなく、行儀などの注意はされたけど台所にも結婚するまでたつことがなかったので。ただ、アルバイトでお世話になったフランス料理のお店では野菜のおいしい食べ方や、料理など食べたことのないものや、苦手だった料理までおいしく食べれるようにしてくださり、今でも本当に感謝しています。

・私が子供の頃は食育という言葉自体がなかったため、「いま私は親から食育を受けているんだ」と実感するようなことはありませんでした。しかし、周囲と比べて好き嫌いが少ない、食べ方がきれいである、食事マナーを指摘されたことがないなどの差があるので、しつけの一環として食育を受けていたといえるのではないかと思います。


・私の母は看護師として病院で働いていたのですが、私の幼少期に母が語ったところによると、普通に食事を摂取していれば栄養不足になることはないとのことであり、そのような母の栄養学的主張から食育はそこまで厳密には受けていませんでした。ただ、食べ過ぎ、栄養過多には注意するようには言われ、炭酸飲料、スナック菓子はあまり与えられませんでした。

・学校などでは家庭科の授業がありましたが、授業の数は少なく学ぶ機会はほとんどなかったと思います。一般常識的な事しか分からず(緑黄色野菜は栄養が豊富など)、特になにも考えずに好きなものを口にしてきたからです。

・これが「食育」だったという意識があまりないので、学校で教わったこと(家庭の授業や調理実習など)を食育とすれば、それ以外の食育は受けていないと思います。実家が農家だったので食べ物を大切にすることは耳にタコができるくらいうるさく言われていましたし、社会人になって一人暮らしをして食事を作ることの大変さを痛感したり、普段の生活の中で学んでいくものではないかなと考えています。

・例えば世界中から食材が運ばれてくること、農家の人たちが手塩にかけて育ててくれたものを今目の前で食べさせてもらっていることなど、自分の口にするものと社会とがまったく結びついておらず、大人になってから自分で気づいてからようやく世界のつながりや今おいしいものを食べられていることに感謝できた。社会科の授業などで小麦の輸入等について習ったはずだが、それと自分の目の前のものが結びついていなかった感じから、「食育」はそこまで受けていなかったと感じた。

・自分が成人するまでは食育という言葉を聞いていませんでした。テレビ番組等で食育について説明があったのをうっすらと覚えたという感じです。結婚し子供が生まれてから食育について意識するようになり、どういうものなのかをネット等で自分なりに調べました。

・学校で「食育」のような教育を受けた記憶がありません。調理実習程度はあります。ですが、家では苦手なものを食べれるように母親から練習させられた記憶があります。そういったことも食育の一つであるのかなと思います。

・学校教育としては受けていない(受けたという記憶がない)。過程で食育という明確な形で受けて育ったかというとそうではないが、親や祖父母からの躾の一環として食物の大事さを聞いてきたので、そちらで自動的に受けたと考えている。

・小学校や中学校の給食で地元の伝統料理が出たり、授業の一環で農業体験や伝統野菜などの食材について学んだ覚えがある。ただし、どんな内容だったかはあまり覚えておらず、食育としての授業や実習だったかどうかは不明。

・食育という授業ではちゃんと学んで育った意識はないです。でも、家庭科の授業で栄養のバランスや必須栄養素を考えて食事をすることを小学生で学んだので、食育という言葉が浸透する前でしたが、自然に学ぶことが出来たと思います。

・私の家庭では、特定の食べ物に対して、これを食べなさい!などとあまり言われませんでした。結構好きなものを自由に食べて育ちました。脂っこいものから、お菓子、ジュースまで何でも食べていたと思います。ただ、それらの口にしていたものが脳を作り、健康な体をつくるのにけして良いものではなかったと今思います。もしかしたら祖父母などは小さかった頃の自分に、これを食べると体にいいと教えてくれていた時もあるのかもしれませんが、小さい時の自分は、ほとんどそれらの言葉は耳に入っていなかったと思います。著名なタレントさんなどが、よくブログに食事などの様子をアップされておりますが、そういった内容を知ると、食材から使用する調味料まで体に良いものをいろいろと使用しながら、自身のお子さんに健康的な食事を与えていらっしゃるのをお見掛けします。子供は食に対しての知識がほとんどないので、親御さんがしっかり栄養を考えていらっしゃる家庭はとても羨ましく、素晴らしいことだと感じます。

・食育はそこまできちんと受けたわけではありません。でも食事のありがたさは日ごろから分かっています。一家団欒が大切な事も分かります。そして食べ物を無駄にしない事も分かっています。一つ一つ学んでいくと食育の大切さが良く分かります。


・食育という言葉自体最近になって知ったように思います。学校給食にしろ家庭での料理にしろ、ただひたすら出された物は残さず食べなさいと教えられました。勿論それも良いことですが、食材や調理のバックボーンや食事の場から何か学ぶという環境はなかったと思います。

・現在30代です。家庭では出来るだけ好き嫌いなく食べられるようにと親が頑張ってくれていましたが、それでも母が嫌いなものは食卓に出ませんでした。学校給食は大量調理だったからか、かえって不味いメニューが多かったので、嫌いなものがより、嫌いになりました。

・ある程度は習ったのかもしれませんが、それほど意識をして学んだ記憶はありません。私たちが小さかったころは、食育なんて言葉自体なかったですから。ただ、自分たちで田植えをしてできたお米をおにぎりにして食べたのは凄く覚えています。美味しかったですし、お米一粒一粒を大事に食べた記憶があります。

・上記のピーマン以外は、好き嫌いはありませんでしたので取り立て食育を受けたという認識はありません。しかし嫌いなものを食べられるようにするだけではなく、季節ごとの旬の野菜やそれがどれほど自分にとって価値があるのかなどは親や学校では教えてもらえなかったと思います。今でこそインターネットサイトで検索すればなぜその食品が良いのか?という情報を手に入れられますが、子どもの時から学べれば食品への思い入れを抱かせたり、農業従事者への感謝、また農作業をより魅力的に見せることもできるかと思います。食事はなにか車がガソリン補給をするかのようなものではなく、楽しむものそして食べられることへの喜びを実感するものであるべきだと私は考えます。

・昔は今ほど食育については言われていなかったからだと思います。ごく普通に好き嫌いしないで食べなさいと言われたぐらいです。両親も特別に食育という意識で注意していたわけではなかったと思います。食育を言われ始めたのは最近ではないでしょうか。

・両親も自分も、特に意識をしていなかったと思います。ただ、家族そろって食卓につく楽しさや、母や祖母の作った料理を美味しいと感じながら食べたこと、一緒に料理をしたことなどが、自然と食育となっていたのではないかと思います。

・親からは特に習った記憶がない気がする。どうだったか覚えてないので何とも言えないですが。小学校ではどうとく?か生活か家庭科かなんかで一通り習ったような気がしますが。詳しくはしていなくて、さらっとやっただけだったかな?って思います。

・自分が育った時代は食育というコトバもなかったと思います。また、それぞれの食材に関して話し合うようなことはなかったと思います。あったかもしれませんが、ほとんど記憶に残っていません。むしろ、大人になって自炊するようになってから興味をもったという感じです。


・食育という言葉は知っているが、一般的に食育が何を意味しているのか理解はしていない。ざっくりとしてイメージで先の質問に回答したが、自分の両親が食育を意識していたとは思えない。しかし、実家が農家であること等もあり自然と食育に触れる環境にあったと思うから。

・むかしは、食育という言葉もなく、自然と身に付いていたものなので、食育を受けたという観念はまったくありません。母親がやってきてくれたことが、今になれば食育だったのか…と思うくらいです。今の子達は食育として、受けている子がおおいです。

・朝はパンを各自好きに食べ、昼は学校(休日はカップ麺か焼きそばなど)、夜は親の手料理という生活がずっと続いていました。ですから「受けた」と公言しにくいのです。けれど夜は必ず「いただきます」と言うことや作法、好き嫌いをせず何でも満遍なく食べることを教わっていました。お陰様で好き嫌いを外の誰にも、親にすら知られることはなく、感冒などにもあまりかからず育つことができたのだと思います。ですので、「受けた」と公言はできないまでも「全く受けていない」わけでもなく「そこまで受けていない」と選択いたしました。

・正直なところ、たとえ暴飲暴食したとしても、野菜をたっぷり摂取すれば問題ないのではと思っています。もちろん年齢を重ねると血糖値やコレステロールなどが気になりますが、好きなものを食べない・嫌いなものを食べるストレスの方が健康に良くないのではと考えてしまいます。

・食育はそこまで受けていないと思った理由は、このアンケートをしようと思った時に、そもそも食育ってなんだろうと思って、ウィキペディアで検索したくらい初耳の言葉で、言葉の響きから想像はついていましたが、食事に関する知識と言えば家庭科で少し習ったくらいだと思います。

・子供の頃には、食育と言った言葉を聞いた事がほとんど記憶にありません。自分もそんなに食に関心がなかったので。子供を産んでからは、よく耳にするようになり、食育を自分でも本やネットで調べたりするようになりました。

・特に家庭では食育を受けていないと思いますが、主には、小学校の家庭科の授業で学んだと思います。ただ、家庭ではポテトチップスや着色料の入った駄菓子は禁止されていたので、今考えるとそれも食育されていたのだと思います。

・家庭内でよく母親には 人間は野菜をたくさん食べないとダメだと叱られましたが 今から思えばただウチの過程がよそより貧乏だったために 肉類が非常に少なく野菜が多かったので親の言い訳としてそういう風に教えられてたのではないかなと感じています。肝心な栄養のバランスなどについては 何も教わりませんでしたから。


食育は全く受けていない

食育は全く受けていない、という方の意見がこちら。

・幼い頃から、食が細くて、痩せていました。母は、健康上の理由から、「残しちゃダメ」と言いました。お腹が一杯でも無理して食べて、吐いたこともありました。痩せない為に、薬で食欲を出して、気持ちが悪くても食べるような生活をずっとしていました。食べることが嫌いになりましたし、『食べることが楽しい』という意味が分かりませんでした。健康の為ということを重要視し過ぎると、本当に大事なことが見えなくなります。

・私は親が共働きだったこともあり、小さい頃からスーパーの惣菜を良く食べていました。コンビニが出来てからもコンビニ弁当を良く食べていたので食育とは程遠い食生活だったと思います。そのせいか濃い味ばかり好んで食べるようになりました。

・職業柄今は食育に密に関係していますが、今のように幼少期から食育に関してのものはなかったと思います。家の人と何かを作るイベントはありましたが、食育という感じではなかったです。今だからこそ食育と言う言葉もあるのだと思うからです。


・私が子どもの頃は1970~80年代だったのでまだ「食育」という言葉は存在しませんでした。炭水化物や脂肪はエネルギー源になる、タンパク質は血や肉を作る、ビタミン類は体の調子を整えるといったこと位は給食の献立表に書いてあったと思います。

・学校でも特に食育に関する学びは全くなかったし、自分の育った家庭に至っては、食育とはかけ離れたメニューで育った。パン、ケーキ、小麦粉系、お米、インスタントラーメン、炭水化物系と油っこい揚げ物中心の食生活と大量のお菓子を食べる環境で育った。その習慣化された食生活をしていたら、年を重ねたある時身体を壊したので、食生活を見直すきっかけになった。

・私が、健康に気を遣った食生活を行うようになったのは、実際に体を壊してからでした。食と人体に関する知識の無さが招いた事だと思っています。食育を受けて育っていたならば、もしかしたら事前に防げたのかもしれません。

・ただお腹が空いたら食べ物を与えられていたとしか考えられないからです。食事は好きなものを適当に食べるという事が当たり前だと一人暮らしを始めるまでは思っていました。お菓子がご飯代わりの時もありました。それくらい食事に対しての意識が低い状態にしか育てられなかったのです。

・母親が好き嫌いが多かった。「これは体にはいいがおいしくない」と刷り込みがあり、家庭の献立に並ぶことはなかった。給食を含む外食でも避けていたし、それを咎める人物もいなかった。好き嫌いのない子供が褒められる風習はあったが、他人事ととらえて自分で努力することもなかった。

・両親からは、食べ物は残さず食べるように言われていたことが心に残っています。食べ物は大切だという感覚は、家庭で養いました。しかし、学校では、食を、命と関連付けて考えるような教育を受けた記憶はないからです。

・私が小さい頃は、食育という言葉が無かったというか、聞いた事がありませんでした。初めてその言葉を知ったのは、自分自身が母親になって、もう子供にも手がかからなくなってからでしたので、全く受けていないと言っていいと思います。

・全く受けていないと思います。だから自分自身食育の本当の意味がどんな物なのかよく分かりません。受けることが出来るのであれば子供の頃受けたかったですし、自分に子供が出来たら食育を子供にしていきたいと思います。


・長年過ごす家庭環境はとても大事ですが、小さい頃から脂っこいものやお肉も多く食べていました。片親だったので料理が得意でも知識もない父親が作っていたこともあり、そうした食生活で体の不調が多くあり食生活を見直してからはアトピーなどが治ったりしました。

・私が子供だった頃はまだ、食育という言葉すらありませんでした。ですが、まだレトルト食品の種類も少なく、冷凍食品もそんなに種類がない時代だったので、自然と野菜や果物を食べる機会が多かったです。食育の必要がない時代だったのかもしれません。

・私が幼少期には食育という概念がなく、当然親もそうした教育は全くしてきませんでした。また、私の家庭が幼少期に父親を亡くしたことで、母子家庭であり、中々家族そろっての食事をする機会が少なく、必然的に食育につながるような会話や教育がなされなかったからです。

・家事を担当していた母親が料理があまり好きではなかったため、レシピや味付けのレパートリーが少なかったです。また、見た目には全くこだわっていなかったのか盛り付け方もあまりおいしそうに見えなかった記憶があります。

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